多分捨てたほうがいいものもある

物持ちが異常にいい。

というか、捨て時がわからない、のほうが正しいかもしれない。部屋着は未だに学生時代のジャージだし、どうでもいいほとんど着たことのないキャミソールも気づけば10年経ってるし(捨てろ)、電子レンジは買ってから13年経ってるし、いや、そもそもこの部屋に半生を共にしたものがありすぎる。靴下は穴が開いてくれるから好き。捨てるタイミングがわかるから。

ぐるっと部屋を見渡して、まあこいつらは許されるか……と思ったもの。高校生から連れ添ってるギター2本。いつからあるかわからないミニコンポ(なんとCDが5枚とMDが1枚とSDが1枚入る)。高校の頃頑張って買ったデジタル一眼レフ。中学生のころ親に買い与えられたタンス……はギリか?

服は全然アウトだと思う。中学生の頃ねだって買ってもらったアディジャとプージャはまだ現役。この呼び方いまでもしてるのかな。絶妙に世代がバレそうで嫌です。捨てろよと思う。でもゴムを自分で替えてまで使い続けている。だって生地じょうぶなんだもん。ほかにはマフラーも中学生の頃買ってもらったやつまだ使ってるし、そうじゃなくても10年物のTシャツとかが平気な顔をしている。全部部屋着だけど。

文房具とかも結構やばくて、クレパス、コンテ、習字セットなんかは下手したら幼稚園とか小学校低学年の頃から持ち続けてる。普通の人なら捨てるんだろうけど、自分は職業柄たまに出番があるので捨てられずに持ち続けている。邪魔ではあるけど買い直すのはそれはそれで癪に障る、というやつ。お名前シールが貼ってある。マジかよ。

話は大きく変わるんだけど、私はかつて美術大学にいた。卒業するために卒業制作か卒業論文かを出さなきゃいけない中、私はどっちつかずの作品を出した。査読が怖かったので卒制扱いにしてもらったんだけどね。
テーマは日本庭園の造形についてだったんだけど、日本庭園を語る上でアニミズムという概念が出てくる。アニミズムはざっくり言うともう、八百万の神というか、万物に神様が宿っているから大事にしなきゃいけないよねっていう考えかた。すごくプリミティブな宗教観なのです。

私はどうもこのアニミズムに囚われている気がする。物を捨てること、に対する心理的障壁がかなり高い。たとえば……食べ物であっても、消費期限、賞味期限が切れていたって自分の舌で確かめて大丈夫なら絶対に食べる。意地汚いって言われるかもしれないけど、食べられるものを廃棄するのは自分の矜持に反する気がしちゃうから。
ただ、この意地汚い、みすぼらしい、的な、周りからどう見られるかという感覚は常にないと本当にただただケチくさいだけの人間になってしまうのでそこは本当に気をつけたい。

なんでこの話を書こうと思ったかというと、上京した頃から使っている塗り箸がちょっと剥げてきていて、修理するか……いや…でもこれそこまでいい箸でもないし修理するほどか…?という葛藤が最近あるから。ちなみに似たような感じで保管してある割れた陶器もある。まあ陶器の方はちょっといいやつなので金継ぎしたいな〜とわりと強めに思ってるんだけど。

親が漆やっているので相談してみるのもありかもしれない。いやでも箸て。修理出すお金あるなら絶対そのお金で新しいお箸買った方がいいんだよなー。いやでもまだ使えるしな、とそんな感じで、お箸の一膳ごときで私の日々は愉快になるのでした。u_u